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    見たことのない顔だつた。患者なら玄関から来る筈だ。

    診察室に出てみると、三十歳前後の一見して重症の貧血だと判る農夫が待つていた。房一にはその男が近在のどこの部落の者だか心覚えがなかつた。開業してから七八人目の患者だつたが、これまでのは町内の者が半ばお義理から、半ば好奇心から房一の診察をうけに来たのにすぎないので、この男のやうに見覚えがなく又相当重症の患者にぶつかるのは今がはじめてだつた。

    「いるかね。いたら、高間さんが御挨拶に見えたからと――」

    「やあ」

    男は語尾に力を入れて、房一の眼の中をのぞきこんだ。

    間もなく二人は来た時と同じに、つれ立つて、いくらか日蔭のできた路を、どういふものかどちらも自転車に乗らうとはしないで、押しながら歩いていた。

    と、下の男は睨み上げた。

    その一揃ひの紙衣裳を見て、道平はまじめに感心した。

    「あれは何でせう、知吉さんといふ人は悪く云ふと娘をひつかけて相沢の家に入りこんだやうなもんでせう」

    傍にいた赭あから顔の老人が低い声で云つた。

    徳次は一種くさめをする前のやうな、煙けむたげな表情になりながらわき見をしたり、房一を眺めたり、どぎまぎして答へた。

    と、鬼倉はすつかり他意のない様子で答へた。

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