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    「よろしい。承知した」

    「畜生、おぼえていろ。」

    「いや、私はすぐこの近くで医者をしとる、高間といふ者ですが」

    「ウシ!ウシ!」

    そこから元来た路を引き返した房一は、行きがけには通りすぎた千光寺の山門を潜つた。広い人気のない寺庭には九月の日が明く冴えて、横手の庫裡くりに近い物干竿では真白な足袋が二足ほど乾いてぶら下つていた。そのしんとした庭の中をまつすぐに庫裡の方へ横切つてゆくと、いきなり

    今や、それらのことは遠くなつてしまひ、他愛のない子供の日の思ひ出でしかなかつた。練吉は両親の希望通り医者になつていた。しかも、事あるたびに、この幼時に押へつけられた日の悲しみが突然、練吉の中に溢れ、それは永い間に積つた憤りのごとく、彼の運命の唯一の手違ひだつたごとく、彼の不身持の云ひわけにもなり、又正文への訴へといふ一種矛盾した形となつて現れるのだつた。

    このポインタアの雑種は、房一の往診にはどこへでもついて来た。いゝ路づれだつた。

    房一は、犬を制した。ところが感ちがひしたジョンは堤防の方へ大急ぎで走つて行つたが、房一と徳次の二人がそのまゝ河原にしやがみこんだのを見ると、又一目散に戻つて来、まはりの草の中を嗅いで見、二人を眺め、一向に動きさうもないと知ると、石ころの上に腹を着けて長い舌を出した。が、急に尻尾を振つた。二人が彼の方を向いたからである。

    「すまんでしたな、長話をして」

    「さうだね。まさか医者の家に古障子の玄関といふわけにもいくまいね」

    盛子のお腹では、もう胎動がはじまつていた。

    その時、突然練吉は、房一がさう云ひかけたまゝ当惑した表情になつたのを見た。

    房一は鬼倉に向つて叮重ていちように云つた。

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