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「閉口でしたな」
これが若し他人だつたら、或ひはかけがへのない一人息子でなかつたら、正文もいさぎよく結着をつけてしまつたらう。「道楽息子」――その一言で済むわけだつた。
「ふむ、さうすると――」
ふいに冷気が盛子の咽喉もとから胸の中へしみこんだ。その時、夢の中でよくつかめないながらも何か急に閃ひらめき過ぎる考へのやうに、これが結婚といふものか、これが仕合せといふものか、といふ思ひがどこからともなくやつて来た。しかもそれは考へた瞬間にさつと身をひるがへして去り、だが印象だけは強くのこる、あの微妙な閃きだつた。
「あれですよ。半之丞の子と言うのは。」
今泉はかすかに鼻のあたりを不満げにふくらませた。
「え、何だつて、徒歩てくで通るかつて?」
小谷は仰山ぎやうさんな表情になつた。
「やあ。――こちらへ」
「もう河原町へは当分帰る気はないんですかね。貴方にお貸したところをみると」
さう声に出してみた。そして犬の方をふりかへつた。犬は彼の方を信頼にみちた眼で見上げ、しなやかな尾を振つた。
それは正文にかゝりつけの患家だつた。
と、酒が少し入るとすぐ真赤になる性質の房一は、その紅黒い顔を火照ほてらせ、円い身体を持扱ひかねたやうになつて訊いた。
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