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    道平は顎髯を剃り落してしまつていた。

    「やつぱり徳さんが多いね」

    房一は目を上げて注意深く道平を見た。

    宿の者はこういっただけで、その以上の説明を加えなかった。伊助の報告もそれで終った。

    「鮒?――それあ喰べるとも」

    「うん」

    と、酒が少し入るとすぐ真赤になる性質の房一は、その紅黒い顔を火照ほてらせ、円い身体を持扱ひかねたやうになつて訊いた。

    彼は道平の息子で、且つ医者である。これほど病人にとつても周囲の者にとつても安心できることはなかつた。彼等は医者としても房一を信頼し切つていた。若し仮りに、房一が医者としての手落ちを来し、そのために死を招いたとしても、恐らく病人は安んじて瞑目したであらう。なにしろ、息子の手にかゝつていることだつた、これ以上の幸福があらうか――房一が診察している間ぢゆう、ぢつと身体を任かせ切りにしている道平の半開きの眼が、まだ口が利けないので、房一が何か云ふたびにうなづいて見せるその弱々しい、うるんだ眼が、さう云つていた。

    と、いきなり突きを喰はされた練吉は、神経的にさつと青ざめながら、反問した。

    小谷は疳高い声で云つた。

    「杉倉まで――」

    「どうして又今まで黙つていたのかね」

    道平はまるで大きな輪がゆつくり廻つていて、その一点の結び目が眼の前に現はれたときにやつと口を開くかのやうであつた。

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