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    「いや別に忙しいこともありませんですよ」

    男の顔は泥と血で汚れ、かすり傷が一面についていた。顎の所にかなりひどい裂傷があり、血糊が固くこびりついていた。どこか打撲傷をうけたらしく、一見したところ気息奄々きそくえんえんとしていたが、房一が手拭をとり除いたときに、男はかすかに眼を開けて房一の顔を見た。

    家の中でも彼は「悪たれ」であつた。一番上の兄は身体こそまだ大人ではなかつたが、一人前の野良仕事ができた。この兄は非常に無口で働き者であつた。次の兄も学校はすんでいたが、非常な好人物で、終日何を言はれても笑つていた。彼も野良を手つだつた。房一はけつして手つだひをしなかつた。どんなに叱られてもいつの間にか家を抜け出して、時には野良からそのまゝ近所の山へ木の実とりや河遊びに逃げ出した。たゞ彼が神妙に野良に出て、用事がなくとも畔くろに腰かけて立去らずにいる時は、きまつて馬がいるのだつた。

    この男が入つて来たとき、徳次の仲間だつた二人の馬喰は急にぴたりと話をやめた。そして、落ちつきのない眼で時々そつと男の方をぬすみ見た。男はぢろりと一瞥した。それは荒い皺が隈取りのやうに走つている顔だつた。だが、それきり三人の方を見ようとはしなかつた。

    と、練吉はわざとらしく顔をしかめてみせた。

    かまわないから開けてみろというので、男二、三人が協力して無理に第一の戸をこじ開けると、内には誰もいなかった。第二の戸をあけた結果も同様であった。その騒ぎを聞きつけて、他の客もあつまって来た。宿の者も出て来た。

    「ほう、クレーといふのはカワラケのことかね」

    「おーい、火事はどこい行つたあ」こんな風に、口々に喚いていた。

    練吉は盃を口にふくみながら答へた。

    と房一が答へた。

    「どうして又今まで黙つていたのかね」

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