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「往診?ふむ、ふむ」
どういふ加減からか、それを云ふ時、相沢はぐつと又相手の顔をのぞきこんだ。それは何となくもつたい振つた、重々しい様子だつた。
房一は目を上げて注意深く道平を見た。
と手早く切り上げて、堂本の家を出た。
「まあ、とにかく、御迷惑かもしれないが、一度御足労を願ひたいと思つてね」
「へーえ」
だが、どうせ頭を下げるのなら大石医院だけでなく目星めぼしいところをあらかた廻つてやらう、叮寧にやつたところでどつちみち損はないわけだと、この打算力に富んだ若い医師は考へついた。さう決心すると、幼時から彼に巣喰つていて、今では彼の中に強靱な支柱のごときものになつている闘争心のおかげで、房一には自分が頭を下げて歩く姿よりは、河原町の家々を虱しらみつぶしに一つ宛身体をぶつつけて歩く姿の方が眼に浮かんだ位だつた。
診察がすむと、房一は別の客座敷へ案内された。そこには、床柱の前にお寺さんに出すやうな厚ぽつたい綸子りんずの座蒲団だの、虎斑とらふの桑材で出来た煙草盆などが用意されてあつた。都会地では一時間もかゝらないやうな往診が、この田舎では小半日もつぶされてしまふ、そのくどいもてなしの習慣を知り抜いている房一は、無下むげにも断りかねてそのまゝ坐ると、間もなく和服に着換へた相沢が現れ、その後から銚子を持つた夫人が入つて来た。
と、房一が台所に声をかけた。
一座はしづまり返つていた。何か緊迫した気配があつた。――とにかく、それは予定の中には入つていなかつた。こんな風に突然誰かが立上り、荒々しい声を張り上げ、何を云ひ出すか判らないのにぢつと膝をついて聞いていなければならぬとは!
「もはやお膳も据ゑていたゞきましたし、これで十分頂戴いたしたも同然でありますから、甚だ失礼ながらお先きに御免を蒙ります」
喜作の方でも、房一の来るのを認め、
と、小谷が徳次の足に目をつけて云つた。どこで手に入れたのか、徳次は白い紙緒の藁草履をちやんとはいていた。
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