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    その間に、房一は駆けつけて来た駐在所の加藤巡査としやがみこんで、しきりと善後策を講じていた。傍には練吉も、神原喜作も、小谷も、それから徳次の顔まで見えた。徳次はきよろりとした眼を一層大きくし、加藤巡査と房一とが話す様子を熱心に見まもり、時々うなづき、口をもごもごさせて、何か云ひたげにしていた。加藤巡査はさつきから人々の塊りの間を説得して廻つていたが、無駄であつた。今や驚くほどの寒さが感じられたにかゝはらず、加藤巡査の顔は疲労し、汗を浮かべ、しきりに手真似を入れて話していた。明かに出張所側の手落ちだつた。が出張所の側では門を固く鎖ざし、どこかへ引きこんでしまつているので、話のつけやうがなかつた。

    男は始めにびつくりさせられて、今さう聞くと多少のみこめて来た様子であつた。どこも悪くないと云はれたこともうれしかつたらしい。房一はその腕をひつぱつて顕微鏡の前につれて行き男にのぞかせた。

    「おや、いつのまにそこに来てなさつたかね。お茶ですか、上げますとも」

    房一の老父、道平が二三日前に倒れたのだつた。そして、今、練吉に対診を求めて来たのである。

    印袢纏の背の高い男がその時、半シャツの男に向つて目くばせをした。

    「何でも大分前からこゝの御隠居にかけ合つていたさうぢやありませんか」

    「あの人は来まいて」

    それから幾日もたたないうちに半之丞は急に自殺したのです。そのまた自殺も首を縊くくったとか、喉のどを突いたとか言うのではありません。「か」の字川の瀬の中に板囲いたがこいをした、「独鈷とっこの湯」と言う共同風呂がある、その温泉の石槽いしぶねの中にまる一晩沈んでいた揚句あげく、心臓痲痺しんぞうまひを起して死んだのです。やはり「ふ」の字軒の主人の話によれば、隣となりの煙草屋の上かみさんが一人、当夜かれこれ十二時頃に共同風呂へはいりに行きました。この煙草屋の上さんは血の道か何かだったものですから、宵のうちにもそこへ来ていたのです。半之丞はその時も温泉の中に大きな体を沈めていました。が、今もまだはいっている、これにはふだんまっ昼間ぴるまでも湯巻ゆまき一つになったまま、川の中の石伝いしづたいに風呂へ這はって来る女丈夫じょじょうぶもさすがに驚いたと言うことです。のみならず半之丞は上さんの言葉にうんだともつぶれたとも返事をしない、ただ薄暗い湯気ゆげの中にまっ赤になった顔だけ露あらわしている、それも瞬またたき一つせずにじっと屋根裏の電燈を眺めていたと言うのですから、無気味ぶきみだったのに違いありません。上さんはそのために長湯ながゆも出来ず、々そうそう風呂を出てしまったそうです。

    「わたしの方でも、もう一度こちらから上つて、お目にかかりたいと思つていたところなんですよ。――今日はこんな所で、じつさいいゝ案配でした」

    「いや、そんなこたあ、――そんなこたあしませんよ」

    房一は目を上げて注意深く道平を見た。

    と云ふ、思ひがけないほどはつきりした声で差し出した。そして、又淡泊なさつさとした足どりで台所の方へ去つた。

    今泉にはやつと徳次の考へていることが判つたので、熱心に説明した。

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