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    「いや、それあ貰つたのが分家だから、相手はやつぱり分家の喜作さんさね」

    「化物が出た……」と、根津は笑った。「どんな物が出た。」

    「便所に化物が出たそうです。」

    彼が冠をとると、円味のある顎肉には紐の痕が紅く残つていた。

    練吉は時々、「うむ、うむ」と呟き、房一の方をふりかへつては「ね?」と、同意を求めるやうに云つていた。

    「この人はちっと眠むがってるでな……」

    「それをよこしたまへ。二足なんていらんよ」

    そのとき、女房に命じて、温泉を加熱する装置を施してもいいか、ときかせると、

    「誰?相沢の知吉さんかね」

    「私共は、これも(練吉を指して)この町の医者です。実は火事だといふから駆けつけたので。聞けば、演習だといふことですが、それなら前もつて町役場なり駐在所なりへ通知があるべき筈だと思ひますが、それはなさつたでせうな」

    いくらか浮うはつ調子に口の軽くなつた小谷にひきかへ、今夜の練吉は何となく元気がなかつた。細かいながらに絣かすりの目のはつきりした大島の上下揃ひを稍ぞんざいに着こみ、吃り気味に話をする彼には、だらりとした様子と同時に、どこか家風の結果といふやうな一脈の潔癖さが混交していた。

    橋本屋といふのは下手にある、こゝらで唯一つきりの小料理屋だつた。夕方、そこで近在の馬喰ばくらうが二人のんでいた。徳次がそれに加つた。大分酔がまはつた頃、一人の男が黙つて入つて来た。それはゴマ塩頭の薄いメリヤスシャツの上に夏背広をぢかに着こみ、巻ゲートルに短靴をはいた、初老に近い痩せ身の男だつた。

    彼の妻の茂子は昨日実家へ帰つたばかりで、この家にはいないのである。

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