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病症は大体察していた通りの単純な乾性肋膜炎であつた。熱の工合を見ても進行性ではないし、他の部分にも異状はなかつた。だが、房一は念入りに診察した。この病気は念入りに診察するだけで患者にとつてもはたの者にとつても少なからぬ気休めになるものだといふことを承知していたからである。そして、今まで医者にかゝらずにいたわけはない筈だから、多分大石練吉に診てもらつていたにちがひないが、いつ診ても目立つて変化のないこの病気は医者にとつてもかなり退屈なものだし、あの練吉が終ひにはいゝ加減で切上げるやうになつて、患者側の不興を招いたとも想像された。だが房一はそんなことには一切触れなかつた。彼はたゞ綿密に診察を終へ、二三の注意を与へ、更に一週間に一回の割で今後も往診に出向くことを約した。多少意外に感じたのは、一人息子がこの種の病気になつた場合の大抵の父親は、ひどく神経質になつて病状を根掘り葉掘り訊くものだが、相沢は房一が説明する以上のことは知らうともしないことであつた、だが、発病以来すでに幾人もの医者にかゝつたのは明かで、誰が診ても同じやうな症状を聞かされて、今では慣れつこになつているのだらう、と思はれた。
これは怪談どころか、一種の美談であるが、その事情をなんにも知らないで、暗い風呂場で突然こんな人物に出逢っては、さすがの柳沢権太夫もぎょっとしたに相違ない。元来、温泉は病人の入浴するところで、そのなかには右のごとき畸形や異形の人もまじっていたであろうから、それを誤り伝えて種々の怪談を生み出した例も少くないであろう。
練吉が元の座へ帰つてゆくと、房一はぽつんと一人とり残された。来客達の大半とはすでに顔見知りだつたにかゝはらず、今夜の席では房一は唯一の新顔だつた。
「さつき、はじめは、はてな、見慣れない男がいるな、と思つたくらいですからな」
が、ぴんと張つた肩衣のためによけい幅広く見える後姿で、木箱のやうな沓くつをがたつかせ、戸外の明い日ざしの中でその紅い滲んだ紙色をまざまざと照し出されながら、歩いてゆく房一を見送つたときには、紛ふことなき珍妙さが、しかも「堂々」と歩いている形だつた。そして、百何十人もの老壮若の戸主達がこのばさばさした紙で着ふくれ、列をなして歩くときの様子は、まさに観物にちがひない、といふ実感を抱かせたのである。
「さうです。相談があるからと云ふんで帰つて来たんですが、僕なんか何も問題はありませんよ。返すものがあれば、いつでも返します。何もないんですよ。家と、田地が少し。それも抵当に入つていますよ。僕がしたわけぢやない。兄貴が選挙の費用だの何だので金が要つたのでせう」
尿には蛋白質はなかつた。排便を顕微鏡でのぞいてみた。いる、いる。蛔虫に十二指腸虫の卵がうんとこさ見えた。
「や、さあお上り下さい。さあ――」
道平は房一の後についてこの何もない座敷に入つて来たが、やはりあの子供じみたもの珍しさの色は消えなかつた。房一のすゝめるまゝに今度も腰を下さうとして、ちよつと尻はしよりに手をかけたが、そのまゝ止めて、ごく目立たない仕草で真新しい畳の上を避けながら、彼には坐り心地のいゝと見えた縁側で胡坐あぐらをかいた。
「はゝゝ、でもカワラケにはちがひない、それがかうひよつとね」
「一昨年の水で流れちやつたからそのまゝになつてるね――ずつと下にはあるが、さあ、そこへ廻ると半路はんみち以上ちがふかな」
日は高く上つて、噎むせるやうな温かい空気が、時々、風の工合で河原の方からやつて来た。徳次も切り上げて来た。三箇の魚籠びくを中にして、頭を並べて獲物を見せ合つた。
ふいに、彼は頭を上げた。
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